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ペシャワール会 中村哲医師への想い

名古屋NGOセンター共同代表、そして加盟団体
「ペシャワール会名古屋」の八木巌です。

みなさん報道でご存知と思います。
当ペシャワール会の中村哲医師が何者かに襲撃されなくなりました。
同僚5人もなくなったということです。まだ詳細は不明です。

言葉もありません。

幾人かの方々から現状況についてや名古屋での行動の有無などの
問い合わせなどありますが、今はまったく未定です。
みなさんから悼みの電話やメール、SNSでの発信は目にしています。

私もみなさんと全く同じです。ただただ無念です。

私は知人(というよりも恩人)に誘われ、90年代ぐらいから
ペシャワール会の報告会などの準備の仕事を手伝っていました。

現地のようすが瞬時にわかるわけではなく、現地の報告など半年か
1年後に報告されるような時代です。
そんな活動のお手伝いをしていましたが、状況が一変したのは
アメリカのアフガニスタン報復攻撃の時です。

あれほど派手な行動を嫌っていた中村さんがテレビに出て
アフガニスタンの窮状を必死に訴えていました。
自衛隊の派遣は有害無益、と国会でも発言していました。
あのいつもニコニコしてトツトツと話す中村さんの印象とは
まるで違いました。

中村さんは米の攻撃が近づき、アフガニスタン・パキスタンから
一時退去を決めました。
別れの時、(近々ミサイル攻撃がなされるであろう)アフガニスタン
のジャララバードで職員を集めて朝礼を行いました。
そのときのようすがメールで流れました。

それを読んで私は泣きました。

私はその当時不戦へのネットワークを通じ「報復攻撃反対」の
行動を行っていました。
中村さんのメールを見てからは、いたたまれない気持ちで
行動に参加しました。

私の中村さんへの想いのすべてはこの時の経験につきると思っています。

長々と個人的な想いをこんな情報共有の場所で述べたことを
お許しください。

なお、ペシャワール会は活動を継続することを明らかにしています。

さきほどの中村さんのメールを添付します。
よろしかったら読んでみてください。
時代背景がわからないと理解しにくいかと思いますが。


"永訣の朝「無限の正義」の行方" --------------- 中村 哲 

 2001年9月13日、私は米国の報復近しと聞き、予定を急遽変更、
再びアフガンのジャララバードに入った。邦人退去勧告がパキスタンの
日本大使館から出され、戦時下のプロジェクト継続を図るためである。
 この三日前、巨大な難民キャンプと化した首都カブールの五診療所を
強化すると共に、新たに五ヶ所を開設、更に東部一帯で進められていた
水源確保の作業地も、現在の660ヶ所から年内に1000ヶ所に増やし、
餓死者数百万と云われる未曾有の旱魃に対して、対策を早急に拡大する
準備をして帰国しようとしていた矢先である。
 
 ニューヨークのテロ事件は、寝耳に水であった。

 大規模な空爆を予想して、車両・機材・薬品などを安全地帯と思える
場所に移動させ、数ヶ月の篭城に耐えうるように指示した。
「水対策事務所」の職員七四名は、金曜日の休みであったにもかかわらず、
同日午前7時に異例の招集をかけられて集結していた。

 町は平静であった。その静けさが異様でさえあった。
黙々と日々の営みが行われていたが、それは事情を知らないからではない。
 相変わらずBBCはパシュトー語放送で米国の実情を伝え続けていたし、
職員の誰もが日本人大衆よりは驚くほど正確に事態を判断していた。
実際、ジャララバードには三年前も米国の巡航ミサイル攻撃が集中した。

 憎しみと戦意をたぎらすわけでもなく、ただひたすらその日を生き、
後は神に全てを委ねる。
そこに騒々しい主張や狼狽はいささかも感じられなかった。

 私は集まった職員たちに手短に事情を説明した。
「諸君、この一年、君たちの協力で、二十数万名の人々が村を捨てずに、
命をつなぎえたことを感謝します。
今私たちはやむをえず一時退避します。
しかし、私たちは帰ってきます。
PMSが諸君を見捨てることはないでしょう。
生き延びたあかつきには、また共に汗を流して働きましょう。」

 臨終の吾が子を送る思いであった。長老らしき者が立ち上がり、
私たちへ感謝を述べた。

「私たちはあなたたち日本人と日本を永久に忘れません。」
これは既に決別の辞である。

 家族をアフガン内に抱える者は、誰一人ペシャワールに逃れようと
しなかった。その粛然たる落ち着きと笑顔に、内心何か恥じ入るものを
感ぜずにはおれなかった。もう再会できぬと知りつつ、旅立つ職員を
「神のご加護を」と抱擁して見送った。

 帰国してから、日本中を沸かせる「米国対タリバン」という対決の構図が、
何だか作為的な気がした。
 テレビが未知の国「アフガニスタン」を騒々しく報道する。
 ブッシュ大統領が「強いアメリカ」を叫んで報復の雄叫びをあげ、
米国人が喝采する。湧き出した評論家がアフガン情勢を語る。
 これが芝居でなければ、みなが何かに憑かれたように思えた。
 私たちの文明は大地から足が離れてしまったのだ。

 全ては砂漠の彼方にゆらめく蜃気楼のようである。
アフガニスタン!茶褐色の動かぬ大地、労苦を共にして水を得て
喜び合った村人、井戸掘りを手伝うタリバン兵士たちの人懐っこい顔
・・・回顧は尽きない。
 「自由と民主主義」は今、テロ報復で大規模な殺戮戦を展開しよう
としている。
 おそらく、累々たる罪なき人々の屍の山を見たとき、悪夢にさいな
まれるのは、報復者その人であろう。
 瀕死の小国に世界中の大国が束になり、果たして何を守ろうとするのか、
私の素朴な疑問である。

以 上

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