金沢とつながる名古屋NGOセンター
Nたま8期生 加藤里紗さん
Nたまで印象に残ったことは?
会社員として働きながら国際協力に関わってみたい、という軽い気持ちで参加しました。しかし入学式でNGOセンターの当日理事だった竹内ゆみこさんに「あなたたちは実際に活動するのではなく、学ぶことから始めたのです」と言われ、誰かになにかを教えてもらおうとしていた自分の受動的な態度に恥じ入るばかりでした。同時に、せっかく学ぶのであれば、学べることは全部学ぼうという決意が固まりました。結果的に、このギアチェンジのおかげで何ごとにも能動的に臨むことができるようになったので、あの厳しくも温かい言葉は私の人生を変えたと言っても過言ではありません(笑)。
Nたまで学んだことは?
仕事を休めなかったので平日の夜と週末はすべてNたま、という日々でした。そんな中で会社の同期にNたまの話をしたときにまるで関心がなさそうな反応をされ、またショックを受けました。世間の人は国際協力やNGOに全然興味がないのか!と。NGOの活動に興味を持ってもらうにはどうすればいいのか?という課題が頭を占めるようになりました。
Nたま修了後はどんなことをしましたか?
課題が見つかったとはいえ自分には何の専門性もスキルもない、という現実に直面し、会社を退職して大学院に入学しました。大学院で環境政策を研究しながら「さんぐりあ」の編集に携わりました。「さんぐりあ」では主に「Nたまのいま」コーナーを担当しました。このコーナーを読むと、多くの修了生が様々な分野で活躍していることが分かり、Nたまの意義を実感します。
現在の仕事について教えてください。
大学院を修了し、2024年3月まで石川県金沢市の大学で「持続可能な発展」をテーマにした講義などを担当していました (4月から関東の大学に移籍)。NGOスタッフやボランティアをしている方をゲストに呼び、学生にとって環境・社会問題を「自分ごと」として引きつけて考えられるような授業を目指しました。NGOセンターの村山さんにもお越しいただきました。ようやく、Nたま時代の課題に着手することができたかな、という思いです。
2024年元旦、石川県の能登半島は大地震に見舞われました。金沢では地域の消防団の活動が盛んですが、実際に地震が起きたときにどうするか、被害を最小限にするまちづくりとは、といった当事者意識をともなった防災意識は薄かったように思います。消防団に参加している学生曰く、地域で避難訓練を行っても若い人の参加率は低いようです。
被災地ではNGO/NPOによる支援が大きな役割を担っています。いまは緊急支援すら十分に行き届かない状況ですが、いずれ来る復興のフェーズでも市民が主体となった活動が期待されます。しかし能登地方は高齢化と人口流出が進んでおり、土地の隆起によって主幹産業である漁業の再開の目途も立たない状況で、どのような復興が可能であるのか見通せません。お上が何とかしてくれるという意識ではなく、市民が主体となったまちづくりができるのか、それに向けて私たちに何ができるのか、引き続き考えたいと思います。